仕事がらみで読んでみようと思い、購入してみた。

 

限界自治 夕張検証―女性記者が追った600日

 

 

ちなみに著書の記者の方は、調べたところによると今は読売新聞を退社して、医師を目指しているらしい。

すごいわ。

 

ちなみに夕張のことをどのくらい知っているかと考えたときに、

・財政破綻している

・夕張メロンが有名

・北海道

 

くらいしか知らなかった。

 

本の構成はこんな感じ

序章 抜かれから始まった
第1章 ついに財政再建団体へ
第2章 破綻の構図
第3章 再生へのもがき
終章 夕張に「春」が訪れるまで

 

ひととおり読んで思ったことは、24年(1979~2003)市長を務めた中田市長の政治がかなりの問題をはらんでいた

のだと感じる。すでにお亡くなりになっているため、もはや声を聴くことができないが。

夕張はもともと炭鉱の町だったらしい。

その炭鉱が時代の流れや炭鉱の事故が原因で閉山となり、その時の閉山処理にかなり市がかかわっている。

炭鉱の会社から資産を買い受けるためにかなりの負担をしているらしい。

その後、中田市長のもと炭鉱から観光へシフトしていった。

 

p141「閉山に沈む夕張市民にとっては、中田市長は夢を実現してくれると映った」

 

上の記述が正しいのだとすると、政治家としてはある意味正しい行為をしていると思う。

将来の希望をみせるのは政治家の仕事だとは思うから。

ただ、やりすぎたのは間違いない。そして結果的に未来を奪う結果をもたらしている。

とにかくかなりの観光施設を有していたらしい。

それが財政を圧迫していた。

さらに北海道も夕張の財政があぶないことは前から知っていたようだ。

まあ、市町村の決算については地方財政状況調査(通常は決算統計と呼ばれる)調査が毎年あっており、

それを道の市町村担当課は知っているはずだから、まったくわからなかったなんていうのはそもそもありえないんだけど。

ただまあ地方「自治」だからよほどのことがないとつっこめない部分もあったのかなあ。

 

また、夕張市は出納整理期間という自治体独自の猶予期間を利用して赤字を隠す操作を行っていた。

詳しくは省くけど、これにしても決算統計の諸収入の大きさをみれば異常さに気づいたはず。

ヤミ起債という3セクを利用した借金のことにも本書では触れられている。

かなり財政担当の方はいろいろ考えたんだなあと思う。

この知恵をもう少し別の方向につかえなかったのか悔やまれる。

 

犯人さがしをすることは簡単だと思う。

元市長、市職員、道、国、

そして市長を当選させていた住民(もちろん情報公開が不十分だったこともあるので、その点はかわいそうだと思う)

でも、それは当時やっているはずで、私たちはこの教訓を通じて同じようなことを他で起こさないようにすることが責務だと思う。

 

財政破たんした夕張は悲惨だ。

市職員は減り、人件費は大幅にカット。

税金はあがり、施設は廃止され、行政サービスはどう考えたって落ちる。

 

現在も夕張は財政再建の途中だ。

ぜひたちあがってほしいと思う。

いつか行ってみようかな。

 

最後に一つ、この本には夕張の住民に対する愛を感じた。

地元の人の声を新聞記者ならではというべきか多く載せていることもあってか。

ともかく買ってよかったと思う。

 


やっと1回ちゃんと読めました。
なかなかエネルギーがいりますね。

SE〇LDsなどによるデモをきちんと批判しているというところが、やっぱり小林さんはすごいなと思います。
本の中で書かれている「民主主義を過度に信奉する国では、大人が若者を真似るようになる」というところがそのとおりだと感じます。
多くのテレビや新聞では、やたらデモに参加する若者をもちあげていましたが、正直気持ち悪いなあというのが率直な印象でした。きちんと批判されているこういう本があるのは大事ですね。

本当なら一部とはいえ、若者を敵にまわすようなことはあんまりしたくないのが、普通の感覚だと思いますが、ちゃんと大人として批判するところに逆に優しさを感じるのは、私の勘繰りすぎでしょうかね・・・。

日本にとって民主主義は制度であって価値じゃない。

空を這う者たち


前から気になっていたので、今日ようやく見ることができました。


ネタばれします。




ではでは、感想を。

画がきれいだったり、静かなゆったりとした雰囲気はとても好きです。

キルドレという永遠に子供のままの人たちを描いた物語。

設定としては、たぶんこの人たちは死んでも生き返る、クローンみたいな?存在。

記憶は一度消去されるんだろうけど。

この人たちだけがおそらくは戦争をしている。他の普通の人間はみているだけ。

平和な世界を維持するために、あえて戦争というものをつくりだし、それをキルドレという存在にのみ行わせているっていうことなんでしょうね、話としては。

平和を維持するために戦争をするっていうのは矛盾しているような気もするけど、私は共感できるかな。

この世界から本当に争いがなくなったら・・・それは生きていることを実感できる世界なの?

それは本当に理想の形なの?

たぶん違うと私は思う。


んで、まあキルドレである一人の少年はきづく。きづかされる。

自分は前にも死んでいて、そんな戦争の日常を繰り返しているんだよって。

何もかわらない、そんな日常を。

でも少なくとも、物語の終わりのほうではそうじゃなかった。

最後の戦闘シーンで一人紡いでいた言葉は

きっと前向きな言葉だ。


「いつも通る道だからって景色は同じじゃない。それだけではいけないのか。」


さて、物語全編を通して勝手な解釈をすると


『変わらない日常、ずっと同じのようにみえる。

でもそれは違うよ。変化はある。

そしてまた自分でかえてみなくちゃいけない。

きっとつらい毎日で、死にたいと思うこともある。

でも、死を選ぶ前に、かえるまでは、かわるまでは生きるべきなんだ』と。

そういうことを言いたかったんじゃないかと思う。


私はこのスカイクロラ好きでした。



(ちなみにこの映画では喫煙シーンが多数でてきて、これに対してとある禁煙団体が抗議をして、質問状までだしたらしいけど、それはどうかと思うな。たばこは個人的には嫌いだし、この世界からなくなってもいいくらいだけど、映画のようなものにまで、そういった意見を提示するのは、ちょっとどうかと思う。そのくらいの寛容さをもたないと運動そのものに対する支持も失いかねないんじゃないかな。)